とぎれとぎれの記憶をたどっては、これを書いているのですが、ちょっと間違いがあることに気がつきました。テントで寝たと書きましたが、正確にはツェルト(簡易テント)でした。ご存じない方もいるかと思いますが、ツェルトとは、簡易なテントでして、一般のテントからアルミのパイプやフライシートをなくしたもので、いわばただの布きれみたいなものです。テントより容量も重量も軽く、夏の単独行にはうってつけの道具です
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必死になってここまで来たのに、林道が通れないなどということになったら目も当てられませんから、一服するのももどかしく、慎重に車を走らせだしたことは言うまでもありません。林道上は川のようになっている場所があったり、大きな水たまりがあったりと酷い状況に加え、雨は激しく降り続いていますので、いつ土砂崩れが起きても不思議ではない状況です。慎重ながらも急がなければならないので、おのずと心は急いてしまいます。川が増水をして林道上まで満たしている(つまり川が林道まで溢れている)所が1カ所だけあり、この場所では、さすがに車を止め、慎重にならざるを得ません。長靴を履き傘を差して林道の先を見に行ってみると、その間の長さは200mくらいで、深さも、まだ30cmに満たない程度ではありましたが、川と林道の境もどこにあるかわからないし、長靴を履いて慎重に探索を行いました。ここは、右側が山側でのり面になっていて、左側は林道上から対岸まで濁水が流れていることろですので、どのような状況になっているかわからず、川と林道の境界などもちろんわかりません。わかるのは、10数メートル先では、もの凄い勢いで流れている濁流だけで、その流れに巻き込まれれば、ほとんど生きては帰れないだろうということだけです。従って、右側ののり面沿いを慎重に歩いて、林道の状況を確認することにしたところ、なんとか車でも通行できると判断できたので、車に戻り、慎重に山側ののり面沿いを通行して、無事通過することができました。恐らく、あと数時間もすれば、増水で通過することはできなかったであろうと思います
その後は、小規模な土砂崩れは見られましたが、ひどい土砂崩れはみられず、無事に畑薙ダムまで戻ってくることができました。心配していたダムのゲートも閉められていなく、ここまでくれば、今日中に家に帰り着けるだろうと、ホッとしたことを思いだしました
山梨の早川と、静岡の安倍川を結ぶ峠道は、間違いなく通行止めになっているだろうと思い、静岡→清水→甲府というルートで家に帰ろうと考えました。これは、国道1号線→国道52号線というルートです。大井川沿いを車で下りてきて、静岡市の市街地に入ろうかという頃になると、雨が小降りになってきて、ラジオからは『ただいまの時間、台風が清水市付近に上陸した』と告げていました。なんと足の速い台風でしょうか。予想をはるかに超えたスピードでやってきた台風は、すでに本土へ上陸をしようとしていたのです
結果的には、いったん静岡へ上陸したものの、その後は勢力を弱めながら太平洋側の海岸線を東北東方面へかすめて行ったような記憶があるのですが、そのことよりも、それほどの接近に気がつかず、一人で山を歩いていた事を思い出すと、多少無鉄砲だったのではないかと反省している所です
静岡市内で遅い夕食を済ませ、家に電話してみると、僕が南アルプスに入っているということを知っている数人の知人から、心配する電話があったみたいなので、それらの人に無事だとの連絡を入れ、帰路につきました。清水市から国道52号線を甲府方面に北上していると、そこかしこに旧建設省の車や、地域の消防団が警備にあたっていて、しばらく進むと、とうとう通行止めになってしまいました。どうやら降雨量が危険水準を超えてしまったみたいなのです。仕方がなく、小さな山越えを繰り返すルートで甲府盆地を目指し、無事に家にたどり着いたのは、真夜中になっていたように記憶しています
それほどたいしたことではないことを、長々と書きつづってしまいました
その後、数日間この台風に関する情報を新聞やTVで見ていたのですが、この台風では、それほど大きな被害はでなかったようです。ですから、それほど大きなものではなかったのだろうと思います
今、同じような状況に遭遇したら、間違いなく小屋に停滞していると思いますが、当時は、怖いもの知らずでしたので、無理に無理を重ねて行動をしてしまいました。まあ、事故に遭わなかっただけでもラッキーだったのかもしれません。反面、自然界に足を踏み入れるということは、さまざまなリスクが待っていることを、この件でいろいろと経験することができました。もちろん、疲労凍死の疑似体験ができたことは、非常に貴重な経験でして、野外で活動するのには何が大事かということを、しみじみと実感しました
また、最低限必要な装備の重要性も身に染みてわかり、それまでの山行では活躍の場がなかった古い新聞紙やビニール袋も今回だけは大活躍をしたと思えば、頼りにしていたカッパは、あまりの激しい雨に、ほとんど役に立たなかったりと、いろいろな経験をしました
実は、この時のカッパは、いわゆる『ゴム引き』のカッパだったのです。ゴアテックスのカッパは、普通の山歩きには軽くてさほど蒸れることなく軽快で良いのですが、反面藪漕ぎなどには非常に弱く、すぐに破れてしまったりします。現在は、ゴアが2重とか3重に重ねられていて強度の高いものもあるようなのですが、当時は、ゴアも1枚のものしかなく、強度的にはとても激しい使用に耐えるものではありませんでした。そのため、普通の登山をする時は、ゴアのカッパを使い、猛禽観察を伴う場合は、ゴム引きのカッパと使い分けをしていました。この時には、猛禽観察も兼ねているのでゴム引きを使用していましたが、はたしてゴアではどうだったのだろうか・・・・・?
この時の登山靴は、普通の革製のものでした。皮革部にはミンクオイルをたっぷり染みこませてあり、縫い目(シーム部分には、防水用のため接着剤を染みこませてあるものです(カッパの縫い目も同じようにしてあります)。それでも、結局は靴下までびしょ濡れになってしまいました。まあ、もの凄い雨でしたから仕方がないのかな?
特に理由があるわけではありませんが、それ以降の夏の登山靴は、スノトレ(スノートレッキングシューズ)に代えました。どうもこちらのほうが軽くて歩きやすかったのが最大の理由で、当時は軽登山靴というとキャラバン社のものしかなく、とてもその靴だけは履く気がしなかったからです。今は、軽い軽登山靴を履くようにしています
登山道沿いにあるテン場では、さすがにしませんが、基本的には焚き火が好きなので、山や川で寝る時には焚き火をします。ですから、火を熾すためにいつでもある程度の新聞紙を持参していくのですが、この時には、初めてといっていいくらいこれで助かりました。避難小屋に避難した時に、簡単に火を熾すことができたからです(仮に新聞紙がなくても、ストーブで板に火を付けてもかまわなかったのですが・・・・)。
それと濡れては困るものの保存ために大きなゴミ袋も、何枚も持っていきます。基本はゴミ袋なのですが、さまざまな用途に使うことができるからです。衣類や新聞紙などの濡れて困るものは、確実にビニール袋の中に梱包していきます。食料を包む時もありますし、時には、ザックの中味をまるまる梱包する場合もあります。こうしておけば、川などでは浮き輪の代わりにもなります。使い方は、人それぞれだと思いますが、この時は、このビニール袋にも助けられた部分もかなりあるのではないかと思っています
事故というのは、結局のところ、計画ミスとか判断ミスから生じる事だと思います。この時は、ラッキーにも事故を回避できたのですが、計画ミスや判断ミスがあったであろう事は言うまでもありません
安全に登山を行うためには、しっかりとした計画と装備が必要だし、的確な判断が求められ、そうすることにより軽快で安全な登山を楽しむことができるはずです。もちろん、それだけで100%事故を防げるかというと、完璧であることは補償されず、いつどこで不測の事態が起こるかわかりませんが、無計画な登山よりは、はるかに安全性が高まることでしょう
みなさんも、登山などをする時には、適切な計画を立案して、安全で快適に楽しむようにしてください!
とは書きながらも、僕の心は、これっぽちもそのようなことを考えているわけではありません。天気が良くて、計画通りに山に登り、楽しんで帰ってきた時などは、それはそれで、その時は楽しんできたのに、少し経つとすぐに記憶が薄れてしまい、10年も経つとすべてを忘れてしまいます(僕だけかもしれませんが・・・)。思い出として記憶に残っているのは、なんらかのトラブルがあった時とかの事だけです
ですから、人にはあまり勧められませんが、多少はトラブルが想定されることを実行することも、思い出に残ったり、トラブルを楽しんだりすることができるのでイイかな・・・と。もちろん、このことは、自己責任でお願いいたします
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